エンディングノートはまだ早い と思う理由
こんにちは。エンディングノート専門家、エンディングノートナビゲーター®の赤川なおみです。
エンディングノートの書き方講座に参加してくださる方から「まだ早いような気がするのですが…」と言われる事がよくあります。
この「まだ早い」というのは、なぜそう思うのでしょうか?
この「まだ早い」と思うのは、きっと
エンディングノート=自分の亡き後に必要になるモノ
というイメージからでしょうね。
そうすると、無意識のうちにも、「自分の人生の終わり」を考えます。
そこで「考えたくない」という気持ちに、なる人もいるでしょう。
また「まだまだ人生終らない」「自分の人生を想像できない」と思う人には、エンディングノートは「まだ早い」と感じるのでしょう。
確かに、どんなに「今をよりよく生きるため」とお伝えしても、エンディングノートというネーミングから「終わりに向かって」というイメージは、ぬぐい去れないかもしれません。
「夢の実現のために活用する」とお伝えしても、終わりのイメージからは、生産性を感じないかもしれません。
この感覚やイメージは、誰かが「こうですよ」と言って「はい、そうですね」と、すんなり切り替えられるものではありません。
しかし、何か夢や目標を達成する時には、ある程度の期限を決めたり、完成型をイメージし、そこに向かって進みます。
それでも、ある人は「夢や目標を達成するのに、期限などいらない。できるまでやるのみだ!」と言うかもしれません。
しかし、私が思うのは、そうであったとしても、期限がないと思ったとしても、その人が生きている間という、期限付きに代わりはないのではないか?と思うのです。
「生きている間」 という期限。
だから、自分の人生をしっかり見て、夢や目標の実現のために、今何をするのか考える。
そのためには、計画を立てることも必要ですし、その一つとして「書き出すこと」も必要でしょう。
いや、自分の代だけでは終らない。永遠に続くものなんだ!
と、言われる方もいらっしゃるでしょう。
それなら、なおさら「自分は何を伝え、次の人は何を守り、何を進めて行けば良いのか?」を伝える必要があります。
伝えるためには、書いて残す事という手段が確実ですから、やはり「書き出す」「書いた事を伝える」ということになります。
こう考えると、エンディングノートを書く事も、終活も「まだ早い」などということはなく、自分に夢や目標があるなら、今すぐにでも始めてはどうでしょうか?
とはいえ、「では今からやろう!」というスイッチは、人が入れるものではなく、自分で入れるものですからね。
「まだ早い」を「今だ」と思えるには、しっかりと自分自身で考える必要があると思います。
それでも、考えるきっかけや、スイッチを押すきっかけが欲しい!という方は、ぜひこちらをご利用くださいね。
介護中・子育て中の方へ〜誰のための人生なのか?〜
こんにちは。エンディングノートナビゲーター®、終活講師の赤川なおみです。
介護中・子育て中は、とかく「自分のことよりも人のこと」がメインになりがち。
「自分らしく生きたい」と思っても、日々の生活に追われてしまいます。
私も、介護をしつつ4人の子どもを育てていると、なかなか自分の時間は持てません。
とはいえ、私の場合は、周りの方から見たら「えらく自由ですけど???』って感じかもしれませんが…
でもね、そんな日々の奥には、色々あるんですよ。
会社に縛られない、自由な生活を選んだのは、子育てと介護で「行けません」というのが嫌だったから。そして「仕事だからダメなんよ」と、子どもたちに言いたくなかったから。
これって、よく考えたら欲張りです。仕事もしたけど、育児も介護も手を抜きたくない…。良いカッコしい(プライドが高い?)なのかもしれません。
でも、どちらも外せなかったんですよ。私には。
それでも「自分って何かな?」って思うことがあります。
人のために尽くすことは、見栄えは良いですが、葛藤の連続であり、自分らしいのか?と言われれば「どうなんでしょう?」という感じです。
文句がある訳ではありません。
不満を感じながら、介護や子育てをしているわけではありません。
それはそれで楽しかったり、やりがいがあったり。
でも、◎◎したい!と思ったときに「でもな、あれがあるしな…」とか「自分の楽しみで家を空けるのはな」とか、なんとなく「自分のことで時間を使う」ことに、抵抗を感じるのです。
以前娘に「もう手もかからないのだから、好きなことしたらいいんじゃない?」と、言われたことがあります。
私にしてみれば、仕事で飛び回る事=好きな事をさせてもらっている、という感覚でしたから、なんだか不思議な気持ちがしました。
家にいても、自分の時間がないわけではありません。
とはいえ、自分の好きな音楽に没頭したり、自分の世界に入る事はなかなかできませんね。
なので、自分だけの時間を強制的に持つようにしています。
少し贅沢で、少し抵抗はあるけれど、これは自分が毎日を楽しく、前向きに過ごすためには必要な時間です。
自分だけの空間で、好きな曲を大音量で聞き、誰にも邪魔されずに仕事に没頭する。
好きな時間に食べて、片付けも必要ない。
少しの時間ではあるけれど、限りのある時間だから特別で、リフレッシュできるのだと思っています。
みなさんは、どんなリフレッシュをしていますか?
避難準備情報より大切なこと〜離れて暮らす両親のこと〜
こんにちは。エンディングノートの書き方・終活講師の赤川なおみです。
台風11号が猛威をふるいました。みなさまの地域では、大丈夫でしたか?
私の住む瀬戸内地域は、本当に温暖で災害の少ない恵まれた地域。そんな我が家にも、今回の台風11号では、聞き慣れないサイレンが鳴り響きました。
「緊急速報 避難準備情報の発令」
saigomoegao6668.hatenablog.com
速報が出た後、Facebookにも「避難するべき?」「今から移動する方が、危なくない?」など、様々な投稿があがりました。
年齢に関係なく、緊急速報を見れば「どうしたら良いのか?」と、不安になりますね。
その解消法として、FacebookやTwitterなど、リアルタイムに情報を交換できるSNSを利用していれば、その中で情報交換することも可能です。
しかし、そのようなモノを利用していない、家には一人という場合、この不安は計り知れないと思います。
「避難所に行くか、行かないか」でも迷うのに、「じゃ行こう!」となった場合、どうやって移動しましょう?
緊急時の避難所への移動は、車よりも徒歩ですが、台風のように雨風のひどい場合は、徒歩は難しい。
しかも、子ども連れや高齢者の場合、自力で避難所へ移動することは、大変難しいと思います。
今回も「実家の両親だったら、どうやって避難するだろうか」と考えました。父は自力歩行は可能なものの、長距離歩くことは不可能です。このとき、どうしても「ギリギリまで家で待機しよう」という気持ちが働き、究極の事態になった時には動けない。そうなりはしないかと。
最近は、災害が多くなって「緊急速報」は、早めに出るようになりました。
そのことは、とても良い事だと思うのですが、発令する行政は「出せば良い」ということに、なってはいないでしょうか。
発令したら「誰が、どのように避難するのか」「地域の声かけはどうなのか」「どこに自力移動が不可能な世帯があるのか」これらの把握は、進んでいるのでしょうか。
とはいえ、行政に全てを押し付けても、それは無理と言うもの。
だとしたら、自分で「緊急のときには、誰に来てもらうのか?」「どのような移動手段があるのか?」「地域では、誰に頼めるのか?」を、調べる必要があります。
また、エンディングノートには、緊急連絡先がありますが、避難をする場合には「ここに移動するよ」と、一言緊急連絡先の相手には、連絡をする。
いえ、慌ただしい時には難しいとなれば、エンディングノートに書いたら「近所の避難所はここだから」と、普段から伝えておく。
災害時に、避難所を何カ所も廻って探すということは、よくあります。
混乱しているさなかに、身内を捜すのは、とても大変です。ですから、移動するなら、その前に「ここに行くから」と、一言伝える(それもできないほどの、緊急事態もありえます)。
離れて暮らす両親には、判断に困りそうならこちらから連絡をする。
もしも困っていたら、近所のどこに連絡をしたら良いのかを決めておく。
避難時には、どこに言えば良いのかを確認しておく。
いつでも持ち出すことのできる、いつでも確認することのできるエンディングノートを、まずは書いて確認しましょう。
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